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続・閉そく方式を訪ねて

この度、訳あって先輩社員Kさんから東京〜名古屋の新幹線回数券を譲り受ける事ができ、中部・中京圏の路線を見学しに行く機会に恵まれました。

続き

まず訪れたのは山梨県の小淵沢駅と長野県の小諸駅を結ぶJR小海線。
八ヶ岳の山麓を東に千曲川に沿って進み、JR線では日本一高所を走ることで知名度が高い路線です。

この路線は、全線で電子閉そく(特殊自動閉そく式-電子符号照査式)を施行しています。
しかし電子閉そく装置は今後保守の見通しが悪い為、無線列車制御システムのATACSを応用した地方交通線向け列車制御システムが平成31年に導入され、電子閉そくは置き換えられる予定です。

JR東日本では、小海線の他にも大船渡線、山田線(宮古以南)、五能線で電子閉そくを施行していましたが、小海線の置き換えと山田線の三陸鉄道移管(→軌道回路検知式へ改修)に伴い、残り2線区となります。
もっとも、残存する2線区も近く改修されることでしょう。

以前の記事において、JR北海道で実施されている電子閉そくを取り上げました。
一般的に電子閉そくの車載器は可搬式になっており、運転士又は駅員が搬送します。

他方、JR東日本では車両ごとに車載器を登録してある模様で、装置も他社の物より小型となっています。
列車情報は乗務員の持つ仕業用IDカードから読み込む様ですが、このIDカードを用いる運転支援システムがあることから、電子閉そくの車載器と一体化する目的で製作されたと考えられます。
なお、出発要求はボタンを押すだけという点は他社装置と同様です。
ファイル 498-1.jpg
(小海線のキハ110系気動車に搭載される車載器(NEC製)。保安上、各ボタンはモザイク処理とした)

小海線には保安装置にATS-Psが整備されています。
ATS-Psは、ATS-Sn(従来のATS)に地上子を追加することでSn型との後方互換性を持ちつつ、ATS-Pの様なパターン式速度照査を実現した保安装置です。
ただし基本がSx系の旧型ATSである為、停止現示外方ではSx系恒例の「ジリジリ」警報と「キンコン」持続チャイムが鳴動します。

電子閉そくを施行する線区では、停車駅で出発要求しなければ進路が設定されません。停車駅の出発信号機は停止現示になる為、(ATS-Sx系の)電子閉そく施行線区では必ず「ジリジリ」を聴くことになります。
今回小海線では、無線列車制御システム導入に伴ってATS-Pが整備されますので(訪問時点で地上子整備済み)、ATS-Psも電子閉そくと共に置き換えられて行きます。
ファイル 498-2.jpg
(小淵沢駅到着前の車内から。ホームは無いが工事臨時列車などが設定されるのでRPCアンテナのみ架設されている。奥に立つのが新システムに使用すると思われるアンテナで、この両者が同時に見られるのはわずかである)

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お次に訪ねたのは愛知県名古屋市。
その南区にある大江駅が起点の名古屋鉄道築港線という路線です。

名古屋鉄道は近鉄に次いで国内民鉄第2位の路線長を誇り、名古屋の赤い電車として広く知られています。
中心である名鉄名古屋駅は線路が上下1線ずつのみという通過型ターミナル駅で、上下1線ずつの線路にホームが計3面しかありませんが、そこで幅広い種別・行先の列車を全てさばく「カオス駅」としてその名を馳せています(ご利用の際はご注意を…)。

さてこの築港線、そんな名鉄の中でも一際特徴的な路線です。
全長はわずか1.5kmで、大江駅と東名古屋港駅の2駅を結ぶのみ。全線とも単線で、大江駅と東名古屋港駅のホームもそれぞれ1面1線の棒線です。
利用者が付近の工場・港湾通勤者しかおらず、9〜15時台の列車がありません。特に列車が8往復のみとなる休日ともなれば17時半前には終電が出てしまいます。

これだけでも十分変わり種と言える築港線ですが、大手民鉄では唯一の票券閉そく式を施行しています。
列車の発車前には必ず、通票を持った当務駅長が運転士と共に標識を指差喚呼し、通票の種類と区間が正しい事を確認しています。

ちなみに、東名古屋港駅には無人で改札口もありません。しかし票券閉そく式では駅員が必須です。
ではどうしているかと言うと、東名古屋港駅の改札口は大江駅に設置されており、当務駅長は大江駅から自転車で出勤して来るのです。
ファイル 498-3.jpg
(当務駅長が通票を手に、運転士はブレーキ弁を手に歩く。雑談しながらも通票確認は疎かにせず確実に行っていたのが印象的だった)

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起終点がどちらも棒線駅、ならば何故票券なのか? スタフで良いのでは?
こう思われた方もいらっしゃるはずです。まさにその通りで、票券以前にはスタフ閉そく式が施行されていました。
ここまで述べていませんでしたが、大江駅と東名古屋港の間には名電築港駅という貨物駅があります。築港線が票券閉そく式である鍵はこの駅が握っていると思われます。

この駅は名古屋臨海鉄道東築線と言う貨物線に接続しており、名古屋鉄道の新車をJR線から輸送してくる際や、JR線から海外へ輸出する車両を名古屋港へ輸送する際などに利用されます。
中間駅ではあるのですが、入線するには東名古屋港駅でスイッチバック(方向転換)しなければなりません。築港線が東築線と直角に平面交差している為、中間に駅を設けられなかったのです(4の字の上が名電築港駅、左が東名古屋港駅、右が大江駅、下が東築線)。

東名古屋港が中間駅で名電築港が終端駅とも見て取れる線形になっているのですが、大江⇔東名古屋港はホームも含め単線ですから、いずれにせよ1列車しか入れません。
しかしこの区間は定期旅客列車が設定されています。スタフ閉そく式ですと、臨時に貨物列車を運行する際にスタフを搬送しなければならない可能性があります。
票券閉そく式であれば同方向の続行列車を容易に設定できますので、この手間を省けます。
築港線が票券閉そく式を施行しているのは、恐らくこの為ではないかと考えます(以前スタフ閉そく式だった理由は不明です)。

なお名電築港駅発着の定期列車はありませんので、東名古屋港⇔名電築港や東築線ではスタフ閉そく式で十分という事になります。
ただし名電築港駅付近には両路線の平面交差があります。衝突を防ぐ為、東築線のスタフと築港線の通票(または通券)は連鎖して取り扱われると考えられます。
ファイル 498-4.jpg
(大江〜東名古屋港の第3種通票(△から下の部分)。津軽鉄道がスタフ化された今、国内唯一の棒状「通票」となっている)

一昔前の名鉄では、600V線区の揖斐線・谷汲線を始め三河線・八百津線などでも非自動閉そくが施行されていた他、軌道線の美濃町線や田神線では通票式(※閉そく方式ではない)が施行されていました。
これらは自動閉そく化や路線自体の廃止によって消滅して行き、全て過去帳入りしています。

築港線はその規模が極めて小さい上、貨物線も絡む特殊な環境であることから自動化を免れていると考えます。
乗車には多少の時間的苦労が必要ですが、貴重な存在であると思います。

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最後に訪れたのは、愛知県大府市から知多湾に沿って走るJR武豊線の東浦駅です。

武豊線は、JR東海が第一種鉄道事業者として施設保有と旅客列車運行を行っており、昼間は2両のワンマン電車が行き交う電化路線です。
線内は2駅を除く全てが無人駅。閉そく方式は自動閉そく式(特殊)で、これだけでは特に変わり映えの無いローカル線に見えます。

ところが、終点・武豊駅の1つ手前である東成岩駅まではJR貨物が第二種鉄道事業者となっており、同区間で貨物列車を運行しています。
さらにこの東成岩駅と先に述べた東浦駅では、衣浦臨海鉄道半田線と碧南線という臨海鉄道線がそれぞれ接続しています。

そう、この衣浦臨海鉄道が2路線ともタブレット閉そく式を施行しているのです。
武豊線のほとんどは無人駅ですが、それはJR東海の話。タブレット閉そく式の為に衣浦臨海鉄道の職員1人が東浦と東成岩の両駅に詰めています。

タブレット閉そく式自体が注目される対象となっている現在ですが、中でも特筆すべきはタブレットの授受方法。
東浦駅のホームは旅客列車の発着分(120m程度)が確保されていますが、貨物列車は長いのでホームから外れた出発信号機の外方に停車します。
停車する列車ですから、当務駅長は機関士の所へタブレットを授受しに行くべきですが、駅本屋から機関車までの移動距離が長い上、武豊線のダイヤにさほどの余裕がありません。

その対策として──
ファイル 498-5.jpg
機関車がホームを通過する時にタブレットの授受が行われているのです(※持っているのはキャリア、タブレットは中の○)。
上写真は上り列車で見られる「受け」ですが、下り列車は逆に機関車へ「授け」られます。
東成岩駅でも敷地の関係によりホームを離れた所で入換が行われる為、やはりホームでの授受が行われます。

その昔は全国各地で見られたというタブレットの通過授受を思わせる光景です。通過授受は基本的にタブレット授器や受器が用いられていましたが、東京の近くでは秩父鉄道でも20年ほど前まで駅員の手による通過授受が見られた様です。
衣浦臨海鉄道では全て停車列車なので通過授受ではありませんが、こうした走行中の列車と授受を行う光景は国内にここ2ヶ所のみです。
海外では通過授受を行っている例がそれなりにある模様で、なんと90km/h近い速度で授受を行う所もあるとか(※腕の筋肉が断裂する恐れも)。

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臨海鉄道は、臨海工業地帯の貨物輸送を目的とした第3セクターの鉄道です。臨海鉄道の設立は昭和30〜40年代のことであり、この頃は全ての臨海鉄道が非自動閉そくを施行していました。
旅客列車に比べ稠密な運転を必要とせず、路線が比較的短いので自動化のメリットが薄い為なのか、後になっても自動閉そく化された線区は多くありません。

衣浦臨海鉄道もご多分に漏れず、タブレット閉そく式が残存しました。
開業当時は武豊線もタブレット閉そく式であったのか、第1種タブレット○を使用する碧南線と路線が離れているにも関わらず、半田線は第3種タブレット△を使用しているという差異があります(※隣り合った区間で同じ種類のタブレットを使用してはならない為)。

このタブレット授受を撮影していた時ですが、自分以外に人の無くなったホームに駅本屋からさっと現れ、腕にタブレットを受けてすぐ中へ消えて行く当務駅長の動作と一連の光景を見て、
「平成も終わろうとしている時世に、こんな日常がここではまだ残っているのか…」と、軽いカルチャーショックを受けました。新しい年号に替わってもすぐには無くならないことでしょう。

東浦駅は無人であり、昼間は簡易自動改札機と自動券売機がお客を待つだけの閑散とした駅です。
近代的な自動改札とタブレット(PCではない)のコントラストは、印象深く目に焼き付きました。

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今回は電子閉そくからタブレット閉そく式まで、時代を遡りながら3種類の閉そく方式を見て参りました。

非自動閉そくがなお残存する線区の共通点として、『(保安度の低さ+人件費)<(設備導入費+維持費)』という式が当てはまると考えます。
自動閉そく式で軌道回路を用いる場合、これに関連する設備の設置が必要不可欠です。
CBTC規格やATACSなど無線で列車を制御するシステムでは不要ですが、閉じたネットワークを構成する為には専用無線局の設置が避けられません。

恒常的な赤字に悩まされる地方線区(民鉄・第3セクター)においては、各種設備の保守・修繕費を抱える一方で新設費の捻出が厳しいこともあると考えます。
今回取り上げた衣浦臨海鉄道もコスト的に自動化は考えておらず、タブレット閉そく器が使えなくなった時に備え名鉄築港線へ票券閉そく式の方法を学び行くという事もあった様です。

第3セクターの線区は元より、JRにおいても北海道や四国は既に自力経営の限界点に来ています。
上記2社は電子閉そくの線区を複数抱えていますが、路線の規模や経営状況から更新のハードルは高い状態と思われます。
冒頭の小海線に導入される無線列車制御システムや、更にそれよりも安価でかつ保安度も損なわない新しい閉そく方式が求められるのではと考えております。

最後になりますが、回数券を提供頂いたKさん、ありがとうございました。

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