10月17日、当社の部長であられた高石様を講師にお迎えして、『禅』についての5回目の講習会を開催しました。
今回は「無」という公案についてお話がありました。
「趙州和尚、ちなみに僧問う、狗子に帰って仏性有りや、また無しや。州云わく、無。」
48個ある公案の一番最初の公案です。
これは現代的に言うと、
ある僧侶が「犬にも仏性はありますか?」
趙州和尚は「無い。」と答えた。
という意味です。
一般的に「無」と言われると、「ある」と「ない」の意味での「無」が使われますが、そうではありません。この、「無」が禅の道において最も最初の関門であり、難問でもあります。
この「無」が一体どういう「無」なのかは調べても見つかる答えではありません。この「無」を見つけることこそが、禅の道への第一歩ということです。
普段の忙しい日々の中で、簡単な座禅をして「無」になっているつもりでも、真の意味で「無」を見つけるには、途方がありません。
しかし、数多の情報に捉われすぎている私達こそ、禅の「無」は見つけられなくとも禅を通して余計な雑念を無くすことはとても大切だと感じました。