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閉そく方式を訪ねて(その2)

続いては、「これは鉄道か?」と思われるかも知れない風変わりな路線を取り上げます。
実は訪れるまで気付いていませんでしたが、この路線は閉そく方式も一際特徴的でした。

続き

「トロリーバス」は、その名が示す通りトロリー(架線=電線)から電気を得て走るバス状の交通機関です。
法律上は「無軌条電車」として定義された鉄道の一種で、設置されている信号機や標識は鉄道のそれらになっています。

東京や京都・大阪など一部の都市に見られたものの、道路交通量の増加に伴って昭和47年までに廃止されて行きました。
海外では旧共産圏を中心に運行されています。

平成30年11月現在、国内のトロリーバスは立山黒部アルペンルートの
「関電トンネルトロリーバス」と「立山トンネルトロリーバス」の2線区が残っています。
どちらの路線も長大トンネルを走行する事から、排気ガス対策としてトロリーバスが採用されたものです(国立公園内という事情もあります)。
前者は映画「黒部の太陽」で有名になった破砕帯を通ります。観光で訪れた方も多いでしょう。

なお、関電トンネルトロリーバスは平成30年度限りで廃止され、翌シーズンから充電式の電気バスに置き換えられます。
ファイル 486-1.jpg
(多客期は8両一杯に乗客が詰め込まれる関電トンネルトロリーバス。最後尾車は屋根の橙灯を点灯させる)

このアルペンルートのトロリーバス2路線は、駅とトンネル中間の信号場でのみ交換が可能な単線です。一般の鉄道と同じく閉そくを行う必要があります。
しかし、トロリーバスは一般の自動車と同じゴムタイヤで走行しますので、鉄軌道と異なり軌道回路を使用できません。
そこで、上記の2路線では架線にトロリーコンダクターという装置を設け、これを車両のトロリーポールが叩く事で閉そく区間に入る車両数をカウントしています。
つまりチェックイン・チェックアウト方式で車両を検知しています(カウンターチェック閉そく式)。

関電トンネルトロリーバスは関西電力の私有地の為、黒部ダムや発電所への工事車両も線路を走行します。
これらの工事車両も決められたダイヤで走行し、車両数がカウントされています。

この閉そく方式自体は特殊自動閉そく式に似ています。
ですが、同じゴムタイヤで走る新交通システムなどでもチェックイン・チェックアウト方式は用いられますから、
これだけでは特に珍しいとは言えません。

注目すべきは、関電トンネルトロリーバスにおいてスタフ閉そく式が同区間内に併用されている点です。

扇沢駅〜信号場でA運行票(黄)、信号場〜黒部ダム駅でB運行票(赤)がそれぞれ使用されます。
各列車の最後尾車は橙色のマーカーランプを点灯させ、自車の後ろに車両が来ないことを示します。
最後尾車は運行票を携帯し、信号場で交換する際に対向列車の先頭車両に直接渡します。
運転士間のみでスタフを取り扱う事は通常許されませんので、これも大変珍しい光景です。
ファイル 486-2.jpg
(黒部ダム駅側で使用されるB運行票。キーホルダーとなって販売もされている)

信号場で交換を行わない列車がある時は、両駅で打ち合わせて「閉そくの併合」を行い、扇沢駅〜黒部ダム駅でC運行票(青)を使用します。
閉そくの併合は、非自動閉そくを施行している路線において、ダイヤ上閉そく区間を分割する必要が無い時間帯に行われます。
国内の鉄道線では後述する山田線を最後に消滅したものの、
この関電トンネルトロリーバスと高知県のとさでん交通伊野線(厳密には異なる)の2路線では現在も行われています。

トロリーバスのトロリーポールは外れやすいため、トロリーコンダクターで車両を検知できない場合を見越してスタフ閉そく式を併用していると思われます。
以前は立山トンネルトロリーバスでもスタフ閉そく式が併用されていましたが、こちらは車両が少ない為か廃止された模様です。

しかし関電トンネルトロリーバスでは、鉄道としての営業を廃止し電気バスとなった後でも、嬉しい事にこのスタフ閉そく式が存続されます。
自動閉そく式と非自動閉そくが同じ区間内に同居し、しかも閉そくの併合まで行われる光景は、恐らくここのみではないかと思われます。

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最後に取り上げるのはJR山田線です。
岩手県の盛岡駅から宮古駅を経由し、リアス式海岸を南下して釜石駅までを結ぶ路線です。

東日本大震災以来、津波被害によって海沿いの区間が不通となっていましたが、この区間は平成31年春に三陸鉄道として復旧されます。
対する宮古以西では山間部を約100kmに渡って走行しており、その線形の悪さからスピードアップできずに乗客をバスに奪われ、走破する列車は1日4往復しかありません。

この閑散とした山側の区間では、本年3月下旬まで「連査閉そく式」という非自動閉そくを施行していました。
連査閉そく式は、タブレット閉そく式など従来方式の短所を解消した「トークンレス」(閉そくに物証を用いない)閉そく方式でした。

まずタブレット閉そく式とは、「タブレット」(通票と形状が似ているが異なる)を閉そくの物証とする閉そく方式です。
2駅で1対のタブレット閉そく器が設置され、その中に複数のタブレットが収められています。
タブレットは駅同士の共同作業で1枚取り出せますが、それをどちらかの閉そく器に収めない限り次のタブレットを出せない仕組みとなっています。
タブレット自体も第1~4種と区別が付けられ、同じ種類の閉そく器にしか入らない形状になっています。

タブレット閉そく式はどちらの駅でもタブレットを出せる為、票券閉そく式などの欠点だったダイヤ制約が無くなり、
単線区間で最も多く用いられてきた非自動閉そくでした。
現在、国内でタブレット閉そく式を施行しているのは津軽鉄道、由利高原鉄道、くま川鉄道の3線区のみです。

ただしタブレット閉そく式では、やはり列車に対してタブレットを授受する必要があります。
閉そく取扱者たる駅長はタブレットを持って駅舎とホームを行き来する必要があり、これが業務上無視できない負担となっていました。

またタブレット閉そく式では通過列車を設定できますが、授受の際にタブレットを取り落としてしまうと運転士は列車を停めて拾いに行かなければならず、列車の遅延に直結します(重い貨物列車の場合はなおさらです)。
トークンレスはこれらの短所を無くすべく開発されました。

連査閉そく式が開発される以前、既にトークンレスである「連動閉そく式」という方式が開発されていました。
こちらは駅間に設けた軌道回路で列車の在線を検知するという方式でしたが、
導入費用が自動閉そく式のそれと変わらない事から導入が伸び悩みました。

連査閉そく式では、短い軌道回路で駅間への進入・進出(チェックイン・チェックアウト)のみを検知する方式を採用し、
導入費用を連動閉そく式より大幅に抑える事ができました。
連査閉そく式導入の裏側には、「サンロクトオ」と呼ばれるダイヤ改正によって全国的に列車本数が増大し、
これの早急な対応を求められたという事情があったのです。

「連査閉そく器」に取り付けられた「閉そくてこ」を隣駅と共同操作することで閉そくを設定し、
閉そくてこと出発信号機を連鎖させて、信号現示が閉そくの証となりました。
閉そくの手順はタブレット閉そく式と似ていますが、タブレットという存在は出発信号機の現示に置き換えられたのです。

運転士は出発信号機の現示に従って運転すれば良いだけとなり、タブレットの取り落しを心配する必要も無くなりました。
閉そく区間への列車進入を検知すると閉そくてこが鎖錠され、進出するまで閉そくの解除が不可能になります。
ファイル 486-3.jpg
(川内駅の連査閉そく器(左)と連動制御盤(右)。連査閉そく器の2つのレバーが、茂市駅・区界駅との閉そくてこ(上り方向に閉そく中)。黒い受話器は区界駅との打ち合わせ用で、茂市駅用は反対側にある。お役御免2日前の姿である)

こうして面倒なタブレットの扱いを廃し、タブレット閉そく式を置き換えると思われた連査閉そく式ですが──
その将来は明るいものではありませんでした。

この方式では、短小軌道回路を用いて閉そく区間への列車の進入・進出を検知しますが、
この軌道回路は出発信号機から離れた単線部分にあります。
閉そくの取り扱いを誤ると、下図の様に2列車が同時に1区間に入る事態となってしまうのです。
ファイル 486-4.png
(現実の列車は駅長の出発合図または出発指示合図によって出発する為、上図の様な極端な事故は起こらない…はずである)
実際に、羽越本線においてこの欠点が原因と思われる正面衝突事故が発生しています(扱い資格の無い者が操作していた)。

トークンレスではないタブレット閉そく式ならば、自列車の為に閉そくが確保されている事はタブレットの存在で確認できますので、この類の事故は起こり得ません(もちろん、故意に2個以上用意されたり受け取り自体を失念した場合は別です)。

またトークンレスとは言え所詮は非自動閉そくの域を出ず、駅員の省力化にはなれど根本的な合理化には結びつきませんでした。
制式後しばらくして、CTCと自動閉そく式が地方線区に導入され始めた事も手伝って、
連査閉そく式の新規導入は5年足らずで止まり、その後は自動閉そく式へ置き換えられて行きました。

連査閉そく式は皮肉なことに、淘汰する対象のタブレット閉そく式よりも先に淘汰されることになったのです。
現在、国内では貨物線1線区の片隅にのみ残存していると思われます(詳細不明)。

以上の様な末路を辿ることになってしまった連査閉そく式ですが、現在の自動閉そく式にその特徴は残りました。
それこそが特殊自動閉そく式(軌道回路検知式)です。
この方式では、連査閉そく式の短小軌道回路に加えて駅構内に連続した軌道回路を設置します。
駅構内も閉そく区間とする事で容易に自動閉そく式とする事が可能だったのです。

山田線もこの手法で改修されており、1か月間の駅扱いを経てCTC(小規模PRC)化、同時に全ての中間駅が無人化されています。
なお、先述の連動閉そく式についても同手法で自動化できたことから、自動閉そく式(特殊)となっています。

平成30年3月16日まで、山田線では閉そくの併合も行っていました。
上米内駅で交換を行わない時間帯は信号機能を停止し、盛岡~区界を1閉そくとしていました。
JR線で行われる閉そくの併合はこれが最後となり、消滅しています。
ファイル 486-5.jpg
(上米内駅の場内信号機と使用停止標識。閉そく併合時は信号機が消灯し、標識に×が灯って使用停止を示した)

ちなみに、海側の宮古以南では電子閉そくを施行していました。
この区間は今後三陸鉄道へ移管される事から、軌道回路検知式の特殊自動閉そく式へ改修されたものと思われます。
連査閉そく式と電子閉そくという数少ない組み合わせも、山田線を最後に姿を消しました。

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以上、2記事に渡って閉そく方式に特徴のある例を取り上げてまいりました。

来年、電子閉そくからATACSベースの新方式(固定閉そく)に改修される小海線や、
CS-ATCに替わってCBTC導入が予定されている東京メトロ丸ノ内線、
はたまた現在でも棒状スタフを用いたスタフ閉そく式とタブレット閉そく式を施行している津軽鉄道線など、
国内に注目すべき特徴的な線区は数多くあります。

海外では既に無線列車制御システムが採り入れられている線区が多い一方で、
日本ではまだJR東日本のATACSなどが導入され始めたばかりです。
今後国内で無線方式がどの様に導入されて行くのか、
新しく開発されるシステムがどの様な物となり、また旧いシステムは如何にして淘汰され行くのか…など、気になる事ばかりです。

これからも時間のある時に各地を訪れ、見聞を広めたいと考えております。

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